一部の原告弁護士はそれでは満足しなかった。1994年10月、私はNEJMの編集オフィスでのミーティングから呼び出され、ヒューストンの原告弁護士からの罰則付召喚令状を渡された。私は膨大な数の文書を作成するように要求されたが、そのほとんどは実在しないものである。ガブリェルの研究をピア査読した際の全記録に加えて、複数の豊胸材メーカーがメイヨー・クリニックの研究を出版するために私に支払ったことを示す書類はどれも引き渡すことになっていた。例えばこんな書類だ。シェライン・E・ガブリェル医師のメイヨー・クリニックでの研究に関し、上記リスト[豊胸材メーカー数社とその親会社の社名リストが文章の上に記されていた]の全企業から証人または『ニューイングランド医学会誌』に支払われた支払い書類または支払い関連書類全てを私は提出することになっていた。現実にそういう支払いはなかった。したがって、支払い書類も支払い関連書類も存在しなかった。NEJMの母学会である「マサチューセッツ医学会」(MassachusettsMedicalSociety)は罰則付召喚を取り消す申し立てを申請し、認められた。私達の弁護士は、その罰則付召喚令状でヒューストンの原告弁護士はあからさまに何か情報を釣り上げようとしていると指摘した。それにもかかわらず、1995年4月には、同じ弁護士から新たな罰則付召喚令状を受け取った。再びマサチューセッツ医学会は取り消しの申し立てをし、再度認められた。テキサスからの罰則付召喚令状を渡されたのは私だけではなかった。ガブリェル本人も、彼女と同じ分野の疫学者達も同じ目にあった。第1章で述べたように、彼女達が提出するように要求されたものは、ばかばかしいほど膨大な量の書類で、しかもその多くは妥当とは考えられないものだった。この嫌がらせには犠牲が伴った。ガブリェルは1995年5月16日、「ニューヨークタイムズ」の記事に彼女の苦しい体験を掲載した。それによると、ヒューストンの原告弁護士は、メイヨー・クリニックの研究者達自身で800を越す書類を作成するように彼女に要求してきた。彼らは何百ものデータベース、何十もの書類用キャビネット、この度の調査対象であるかないかを問わずオルステッド地方の全女性の完全な医療記録を望んだ。
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