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少女たちがそのスタイルを採り入れる

一九八〇年代、マドンナは、きわどいランジェリー・ルックをロザリオや十字架のキリスト像のアクセサリーで飾り立てて、宗教界の指導者たちを慌てさせた。しかも、クリスチャンかどうかにかかわらず、大勢の少女たちがそのスタイルを採り入れるというおまけつき。レースの手袋にメッシュのシャツ、神を冒涜するような安っぽいアクセサリー……。宗教的シンボルがファッションに利用される際に決まって聞かれる苦情は、スピリチュアルな意味が薄れてしまうというものである。二〇〇二年五月、ヴァチカンのニュース・エージェンシーである〈フィデス〉は、ナオミ・キャンベル、ジェニファー・アニストン、キャサリン・ゼタ=ジョーンズといったセレブを批判する声明を出した。十字架を、宝石を散りばめた高価な「はやりもの」にしてしまったというのである。かつては曇りなき信心の聖な証だった十字架のキリスト像は、ファッション・ステートメントのひとつに落ちぶれてしまっていたわけだ。マドンナのように革命的な人間がファッションを利用して宗教を辱める例は、これまでに多々起こっている。一九九九年には、フランス人写真家ベッティナ・ランス(フランスの女性写真家。ヌードやポートレイトを中心に撮影。一重の性、転換する性など混迷した現代の性のテーマを好んで取り上げ、メッセージ性の強い写真を発表。写真集にシャンブル・クロースなど)が、ベルリンの展覧会で大騒動を巻き起こした。ヘルムート・ラングのTシャツを着たキリストと、ジャン=ポール・ゴルチエとマノロ・プラニタを身につけたマリアの写真を展示したのである。概してこうした注目のされ方を喜ばない教会が、黙って見過ごすわけはなかった。